『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』感想
思ったより地に足が付いていてまっとうな内容だった。日本バーチャルリアリティ学会の会長が推薦するのも頷ける。まっとう、というのは、本書の言うところのメタバース原住民*1であり、上級VR技術者*2に認定されており、そしてどちらかといえば世間の奇異の目に晒されるよりは穏やかなソーシャルVRでの生活を守っていきたいと思っている、そんな私の視点から見てということだ。
FacebookのMetaへの社名変更で世間に知れ渡ったメタバースという言葉。メタバースの定義については諸説あるが本書では『バーチャルリアリティ学』(前述のVR技術者認定の教科書でもある)の四要件を拡張した七要件(①空間性②自己同一性③大規模同時接続性④創造性⑤経済性⑥アクセス性⑦没入性)を満たすオンラインの仮想空間をメタバースと定義している。本書はメタバースについて、現在(2022年)「必要最小限のメタバース」として既に存在しているソーシャルVRに住む「メタバース原住民」に対して行なわれたソーシャルVR国勢調査*3を足がかりにして、その現在と未来像を語る。
メタバースの現在について語るにあたってソーシャルVR国勢調査を参照していることは本書の内容に一定の説得力を与えていると思う。このような調査の結果がなければ「個人の感想」で終わってしまい、VRでの強烈な体験をVR未経験者に語ることの難しさも相まってかなり胡散臭いものになっていたかもしれないと想像する。同様の調査が今後も毎年実施されると良いと思った。また、これは私がたまたま平均的なVRChatユーザーだからだと思うが、調査結果や著者がソーシャルVRで体験してきた物事については私の肌感覚に違わない内容だった。
懸念していたのは「お砂糖」「ファントムセンス」といったソーシャルVR界隈独特の言葉の取り扱いだが、著者なりに注意してそれらの言葉を取り扱っていることが伝わってくる書き方だった。例えば「ファントムセンス」についてはソーシャルVRユーザーの感じたそのままを表現するだけだとかなり怪しい文章ができあがってしまうと思うが、そこにクロスモーダル現象と共感覚という原理の説明を付けることで、未体験の人間にも伝わるものになっていると思う。
メタバースの未来について語っている部分は著者の人間観とか世界観に依拠するところが多く、必ずしも同意する内容ばかりではなかったが、ソーシャルVRでの実体験に基づいてこういうことを言いたくなるのはとてもわかる気がする。強めの言葉を少し弱くすれば私の思うことともそれほど違わないとは思う。
また、「魂」とか「本当の自分」という言葉を私はできるだけ使用することを避けるので、ねむさんのツイートや出演番組を見ていてモヤっとすることがこれまであったのだけど、本書を「おわりに」まで読んでようやく腑に落ちた。使う言葉は違うけど、ソーシャルVRに定住するまでの自分の心の動きを思い出せば似たようなことを思っていたと思う。
誰かからメタバースについて(「百見は一体験にしかず」ということは承知の上で)何か一冊本を紹介してよと言われたら私は「ちょっと癖はあるけど」と言いながら本書を紹介するだろう。